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2011年3月

2011年3月13日 (日)

to U.

忙しいからと年明けから放置していたこのBlog。
次に記事を書く時がこんな時になるなんて思ってもみなかった。

 

みなさん、ご無事でしょうか?
あの時間どこにいたでしょうか?
被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

 

私は無事です。

 

私ともう一人を除いては、同僚はみんな自転車通勤なので、電車が動かず会社に取り残されました。

 

残ったもう一人の同僚は、その日たまたま深夜残業になりそうだからと車で来ていたのですが、道路を見ると、どこまでもテールランプが続いていて、まったく動く気配がなく…。
(羽田から両国に移動するのに夕方に出て着いたのは深夜3時だったという話も聞きました。)
深夜になって電車も一部動き出しましたが、人があふれかえって、とても乗れる状況ではないこともネットからの情報で知り、会社に残りUstreamでテレビを見ながら一夜を明かしました。

 

Ustで映し出された状況は目を覆うものばかり…。
まるで段ボール箱みたいに津波に飲み込まれていく車や家々。
胸が苦しくて涙があふれてくる。
阪神大震災の時は、惨状を見てここまで苦しいと思っただろうか?
震度5強という地震を体験した直後だから、こんなに苦しいんだろうか?
これからどうなってしまうんだろう?
救助を待つ人たちはどんなに寒い思いをしてるだろう?

 

そしてTwitterのタイムラインには、悲しい現実の裏で、励まし、励まされる人たちの姿。
少なくとも私のタイムラインの中には誰一人、希望を捨てる人はいないし、人の優しさを感じられるものしかなかった。

 

UstとTwitterのTLを交互に見ながら、ぐるぐる、ぐるぐるいろんなことを考えてた。

 

もう一人の同僚は、きっと途中で帰ることもできた、時間はかかっても。
でもこの状況で女性を一人で残す訳にいかないと付き合ってくれ、夜が明け始めるころ、少し車がすいてきたのを見計らって私を家まで送ってくれたのだ。
まったくの逆方向にもかかわらず。
私が逆の立場だったら、混雑していつ自分がいつ家に到着するかもわからないのに、送っていくことなんかできるだろうか。
本当に本当に、心からありがたいと思った。

 

途中レインボーブリッジに昇る朝日を見たら、いろんな思いがどっとあふれてきて涙がとまらなかった。

 

海外のメディアではこの状況下で、冷静に、暴動一つ起こすことなく、優しさをもって行動してる日本人を驚異の目で見てる。
略奪の対象にこそなれ、コンビニがエイドステーションになるなんてあり得ない。
動き出した混雑した電車で、妊婦や老人に席をゆずるなんてあり得ない。
食料や水の配給にきちんと並ぶなんてあり得ない。

 

…そう…日本人はすごいんだぞ。

 

今、日本にいる人々はきっとみんな同じ方向を向いている気がする。
この状況を乗り越えて、復興できたら、日本はすごい国になる気がする。
GDPがどうのとか、そういうことではない、ものすごいパワーのある国になれると思うんだ。

 

どうか、一人でも多くの命が救われますように。
どうか、一日も早く被災者の方に笑顔がもどりますように。

※乱文お許しください

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